戦場のピアニスト
2002年の映画作品、ロマン・ポランスキー監督の「戦場のピアニスト」を今、はじめてみた。

この映画は、第2次大戦中にナチス統治下のポーランド、ワルシャワのゲットーで必死に生き延びた
ポーランド国籍のユダヤ人ピアニスト シュピルマンの実話に基づく映画である。
自身がゲットーでの収容経験があるロマン・ポランスキーがつくりあげた珠玉の一作。

見終わり激しく心が揺さぶられた。

万感が胸にこみあげ、すぐにアマゾンで原作(主人公シュピルマンの回想録)も注文した。

そして、ネットで色々関連コメントを検索していたら、
「どこが感動するのか全然わからなかった」
「主人公は逃げているばかりで、家族との別れもあっさりしてるし、ひどい」
「盛り上がる場所もないし、退屈な映画」
「ナチス、ホロコースト関連のおきまりのお涙頂戴映画」
等々、日本人のブログやレビューでのコメントは概して惨憺たるものだった。

言葉を失った。。。




この映画でボクが感じたのは一言でいうと、平和のありがたさと生の尊さである。
平和のありがたさと生の尊さなんて立派な言葉、ボクがブログで書き込むなんて
本来、恥ずかしくてありえない。

でも、平和ボケし、物事をはすかいからしかみれない不幸な日本人の
不謹慎なコメントの数々を読んでいたら書かずにはいられなかった。

身の回りで起こるあまりに理不尽なナチスによる虐殺を目の当たりにする気持ち、
家族と唐突に別れがきて、一人ぼっちになったときの絶望感、
傷みきった心のままの長期間の隠遁生活はどんなにかつらかっただろう。
しかし、彼は周りの人にも恵まれ、細い細い命の糸をつなげていく。

廃墟に隠れ、食べるものも録になく、矢折れ、心折れそうなときに
到々彼はナチスの将校に見つかってしまう。
当然、彼は死を覚悟したはずだ。
しかし、そのナチス将校はシュピルマンに職業を聞き、ピアニストだったと聞くと
彼にピアノを弾くよう命令した。
廃墟に射す柔らく冷たい月光の中で、彼は壊れかけたピアノに向かい
渾身の気持ちでピアノを弾いた。
目の前のナチスが気まぐれでピアノを弾くように言ったがどうせ弾き終わった後
殺されるに決まってる。。。
これが最後の演奏と思い、彼は弾いたに違いない。
絶望の中で長い間恋焦がれたピアノを弾ける恍惚。。。

「なんでナチス将校が主人公にピアノを弾かせたのか、彼を助けたのかわからない」とのコメントが目立った。
このナチス将校は敗戦間近の状況で、彼もまた無常感を感じていたのだと思う。
自分がやってきた過ちに気付いたのだと思う。
そして、無精髭のやつれはてたシュピルマンの、それでも生きている心に揺さぶられ
彼を殺してはいけないという思いに到ったのだと思った。

ようやく終戦を迎え、ピアニストとして再起したシュピルマンがコンサートで
オケをバックにピアノ協奏曲を弾く。
ポランスキーは最後のシーンにおいて、顔の表情は撮らずに
鍵盤をたたくピアニストの指だけを追った。
ピアニストの指の動きは喜びに満ち、時には踊るように、時には繊細に縦横無尽に鍵盤をたたく。
でも、その偉大な才能がもたらす神々しい指の動きも、ほんのちょっとしたアヤで
虫けらのように葬り去られていたかもしれなかったのだ。

「安っぽいハッピーエンド、こんなシーンない方がよかった」等のコメント。
こんな平和ボケしたあほな日本人と一緒の空気を吸っているなんて悲しすぎる。

2003年のイラク危機の折、ヨルダンに入り数日後、バグダッドが陥落した。
宿舎のテレビが、フセイン像が倒れ喜ぶイラク人を写しているのを見て、
同僚のパレスチナ人が流した慟哭の涙をボクは忘れない。

2007年に行ったフィリピンでは火山爆発によりたくさんの人々が避難キャンプに長期滞在させられ、
いつ普段の生活に戻れるか見当もつかない状況であった。
そこで出会った少年、、、自分を不幸に陥れた火山の写真を売りつけようとボクにしつこく食い下がるその少年のまなざしをボクは忘れない。


弾きたいときにピアノが弾ける

今の日本では当たり前のこと。

それすらもできない状況が、たった65年前に確かにあり、
そして今も世界のそこここに確かに、ある。
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by basukettoboru | 2008-10-27 03:13 | 雑感
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